圧倒的音圧!ドパガキサウンドの総本山 NORINORI CORE

爆誕。脳内麻薬を耳から直接注入されるかのような、ハイパーポップ、ハードコア、サブカルチャーの断片がスクランブルに激突し、1秒間に詰め込まれるカオスで圧倒的情報量が脳をハックし、聴く者の認知能力を易々とキャパオーバーさせ、ショート動画にかじりつく若者達を世も末と諦観していたおっさんらの首をいつの間にかフリフリとタテノリさせちゃってる。そんなサウンド。パワー!
この音響カオスの大海嘯は、ただの天才でバカがAIを使って遊んでいるだけなのだろうか?
とにかくこの狂気的なサウンドをまず聞いてみてほしい。うぉおお!
同一作者が見せるセロトニンサウンド「帰ってきた散歩中の犬」
一秒の隙すら許さず怒涛の如く畳みかける音素の波、この過剰な情報量は単純に流行りのドパガキ的な要素をサウンドに乗っけて面白がって供給するAI制作者に過ぎないのだろうか?もしくはアテンション・エコノミー(関心の奪い合い)に勤しむ現代社会に対する逆説的な皮肉めいた音楽批評も加味した業界を嘲笑うニヒルなにーちゃんが作ってるのだろうか?
その謎を解く鍵となるのが、同一作者が運営するもう一つのチャンネル「帰ってきた散歩中の犬」の存在である。
NORINORI COREがドーパミンを過剰分泌させるサウンドデザインなら、こちらは精神の平穏をもたらす神経伝達物質セロトニンを分泌するサウンドデザインだ。
一転して、既存のポップスから「最も美しいコア」だけを残し、マイクロハウス、ラウンジ、シティポップの文脈へと巧みにフィルタリングし、ミニマルなサウンドへと昇華させる「引き算の美学」のようなAIサウンドを展開している。こっちもまず聞いてみよう。
こんな粋でかっこよくてかわいい自衛隊のマーチなんて聞いたことないよ。良い!
どちらのチャンネルもAIを極端な振れ幅でハンドリングしている点では共通しており、ここからこの作者が単なる無自覚な刺激の供給者ではなく、音を繊細にデザインしていることを物語っている。
サムネイルの「ユレ」が物語る、プロデュース性と音楽へのアプローチ
さらに毎曲添えられるサムネイルデザインの存在も見逃せない。NORINORI COREのサムネはおっさん的にはコミックLOといういにしえのかなりいかがわしい雑誌の表紙を描いていたたかみち氏の色や雰囲気のパトスをちょっと感じたり、作者のロリ絵に対する造詣を共感したりするが今回の話にあまり関係のないことなので本題に移ろう。Noタッチ。
大枠の構図やキャラクター造形は生成AIのプロンプトで構築されていると推測されるが、画面を注視するとデザインの配置、線の動き、色彩の絶妙な置き方に「人間ゆえのユレ(揺らぎ)」が存在しているように感じるのだ。
AIによる計算し尽くされた平均値のCGを計算でずらしたAI特有の違和感がなく、逆に色彩の崩しや構図の間の取り方、線から醸し出される表情の納得感といった「作家の美意識による加筆・調整」をどうしても感じてしまう出来だ。サムネも素晴らしすぎるだろうよ・・・プロンプトどうやってんだよ、と考えずにはいられない。
しかしながら1日2曲をアップしながら、2枚のサムネを人間が微修正していたら間に合わないと思うわけで、人間による微小な加筆・手直しレベルを高度な生成プロンプトの設計で行っているのだろう。※それでも加筆修正している絵もあるように感じてしまうほど・・・というのもNORINORI COREなどは「その音、あえていれてるだろw」という遊び心のあるチープな音を数多く挿入しているので、とすればいくつかのサムネ制作においても全く同じアプローチが取られていると推測できると思われる。
まとめ:ドパガキサウンドから考えるAI時代の創作の方向性
過密と削ぎ落とし、カオスと洗練。この一見すると真逆な2つのチャンネルを並行して動かすクリエイターの姿は、AI時代における「新しい創作のあり方」の一つの方向の結論を提示している、と思うわけです。
AIを手にした現代のクリエイターにとって、個性が宿るのはゼロから音や線をつむぐだけではなく「微細な方向性や思想の提示と、出力された莫大な選択肢から何を削り、何を膨張させるか」というディレクション能力(プロデュースと微調整と審美眼)へと移行しているのかもしれません、です。
てか毎日「あの曲」がアップされるので毎日楽しいよ。
■みのミュージックさんの批評

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